集団力学研究所創立50周年を迎えて

公益財団法人 集団力学研究所所長

杉万俊夫

誕 生

 集団力学研究所が誕生したのは、1967年(昭和42年)。三隅二不二先生(当時、九州大学教育学部教授)を所長とし、「七社会」を中心とする福岡経済界の支援のもと、九州生産性本部(当時)の一隅を借りて誕生しました。その後、1971年には、現在の博多座がある西日本相互銀行(現在、西日本シティ銀行)博多支店ビルの2階に移転し、1977年には、天神の西日本新聞会館に移転すると同時に、任意団体から財団法人に成長しました。

 

初期の研究

1960年代から1970年代の主要な研究テーマは2つありました。一つは、リーダーシップP-M論、もう一つは、職場の小集団活動でした。

 リーダーシップP-M論は、三隅先生の代名詞と言ってもよい理論です。リーダーシップをP行動(Performance; 目標達成)とM行動(Maintenance; 集団維持)の両面から測定、しかも、部下評価で測定しました。そうすると、平均的には、P行動もM行動も高く評価されたリーダーのもとで望ましい結果(高い生産性、低い事故率、部下の高い仕事意欲、部下集団の良好なチームワークなど)が見られる傾向がありました。P-M行動を調査するアンケート「P-Mサーベイ」は、銀行、運輸業、製造業、官公庁、病院など多くの組織で活用されました。

 初期の研究のもう一つは、小集団活動による職場の安全運動でした。それまでは、事故防止や安全性向上を所管する部署で計画を立て、各職場に周知するというトップダウンのやり方がほとんどでした。一方、小集団活動は、職場で起こった事故やトラブルについて、そこに働く従業員自身が原因を分析し、改善策を考え実行するというボトムアップの活動でした。小集団活動によって、たとえば、三菱重工長崎造船所、西日本鉄道(バス部門)等では事故減少に目覚ましい成果をあげました。

 

1980年代

 1980年代になると、リーダーシップP-M論と小集団活動の研究に加えて、「働くことの意味(Meaning of Work)」の国際比較研究が行われました。この研究は、米国、英国、西独(当時)、ベルギー、オランダ、イスラエル、日本という7か国の研究者が参加した、当時としては大規模な国際共同プロジェクトでした。数年の準備期間を経て、本調査は1982年に実施されました。

 当時、日本人の勤労意欲は、欧米の人々から「仕事中毒」と揶揄されるほどの高さでしたが、それは調査結果にも歴然と現れました。多くの質問項目の中に、仕事、レジャー、地域社会、宗教、家族という5つの生活領域に、重要性に応じて合計100点を配分するという質問項目がありました。調査の結果、仕事に配分された点数(仕事中心性)の平均は、日本が最高の36点で、米国は25点、英国は7か国中最も低く22点でした。日本以外の国では、家族に最も多くの点数が配分されていたのに対して、日本だけは、家族は35点と仕事をわずかですが下回っていました。この共同研究の成果を報告、議論する国際会議が福岡と大阪で開催されました。

 

1990年代

 1990年代には、集団力学研究所の研究に一大転機が訪れました。その引き金は、1995年1月17日の阪神・淡路大震災でした。震災が研究所に与えたインパクトは、少なくとも2つあったように思います。

 第1は、自然災害が重要な研究テーマとして浮上したことです。自然災害の被災地をいかに救援・復興していくべきか、将来起こるかもしれない自然災害に対していかに備えておくべきかなど、救援・復興、防災・減災の問題が厳しく問われました。阪神・淡路大震災の時に登場した延100万とも言われる救援ボランティア、さらにボランティア一般も、その後の重要な研究テーマになりました。

 第2に、阪神・淡路大震災は、現場の当事者と、研究者の関係のありかたを、厳しく問い詰めてきました。そもそも、当事者と研究者の間に一線を引いて、研究者は一線のこちら側から、あちら側の当事者を観察するなど、不可能ではないのか。そもそも、当事者と研究者は、一緒に何かをやっている、つまり、協同的実践をやっているのではないか。そのことを銘記した上で研究者は研究を行わねばならないのではないか。そのような決断を持つにいたりました。もちろん、リーダーシップP-M調査でも小集団活動でも、研究者は現場に足を踏み入れてはいましたが、そのようなレベルを超えた協同的実践が必要であるという強い認識を持ちました。

 

2000年代

 従前からの組織活性化の研究を企業、病院、NPO等で行うと同時に、コミュニティの研究が大きなウエイトを持つようになりました。翻れば、各種の組織はコミュニティの重要な構成メンバーです。また、コミュニティの活性化に取り組もうとすれば、何らかの組織プレーが必要になります。組織がコミュニティのメンバーシップを発揮するにはどうしたらよいか、コミュニティの組織化は、企業や病院等の組織とどこが同じで、どこが違うのか。組織研究とコミュニティ研究が、集団力学研究所の研究の二本柱になったわけです。

 2011年3月には、35年間オフィスを置いた西日本新聞会館から、福岡では数少ない築100年の町屋(高橋邸)にオフィスを移しました。博多部にある百年町屋を拠点に、祇園山笠の研究にも取り組みました。

 

2010年代

 2011年3月11日、集団力学研究所が博多町屋に移転している最中に、東日本大震災が発生しました(その日は、新幹線が博多-鹿児島間に開通した日でもありました)。被災地がボランティアを受け入れる体制ができてもいないのにボランティアが殺到するのは、被災地の迷惑になるだけだ ---- こんな報道がマスコミでなされました。しかし、地理的に見れば、ボランティアの投入が、南(東京側)からは容易だが、北(岩手県北部側)からは困難なことは容易に想像できました。そこで、青森、岩手のボランティアと協力し、北からの支援ルートをつくろう、という構想で活動を開始しました。その活動には、阪神・淡路大震災以来の救援・復興活動の経験が遺憾なく発揮されました。

 2017年、所長(杉万俊夫)が京都大学を停年退職し、故郷の九州産業大学(九産大)に着任したのを機に、九産大にオフィスを移すとともに、九産大との間に包括的連携協定を締結しました。

 2016年、当研究所は創立50周年を迎えました。創立50周年記念事業として、次の2つを行いました。

 第1は、中国・内モンゴルの沙漠化防止活動への大学生派遣です。当研究所では、20年以上にわたって内モンゴルの沙漠緑化活動に取り組んできました。かつては、一面の沙漠が緑地に変わりました。今は、この緑地を地元住民の生産活動の場にすることが大きな課題です。

 第2は、当研究所が、ここ10年間、企業、病院、コミュニティ等で行ってきたユニークな研修「夢を描く技法 --- ネアカに集団を変える」の成果をまとめた同名の書籍の出版です(東京図書出版)。だれにでも読んでいただけるように「軽やかな」文章を心がけました。

 

今後に向けて

 以上のように、集団力学研究所は、半世紀にわたり、組織・コミュニティの活性化に向けた実践的研究を展開するとともに、欧米はもちろん、アフリカ・アジア諸国の研究機関との共同研究をも推進してきました。おかげさまで、その活動成果は、国内外から高く評価されています。

 当研究所は、今後も、さらに国内外の多様な地域で、また、多様なテーマに挑戦していく所存です。どうぞ、引き続きご指導、ご支援のほど、よろしくお願い申し上げます。

(2019年8月13日)

公益財団法人 集団力学研究所